忍者ブログ

ゲームや刑事ドラマのブログです。      ゲームはxboxを中心にあれこれ書いていく予定です。 相互リンク大歓迎です。
03 2018/041 2 3 4 5 6 78 9 10 11 12 13 1415 16 17 18 19 20 2122 23 24 25 26 27 2829 30 05

04.27.09:32

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

  • 04/27/09:32

07.09.23:06

新コーナー 思い出の唄 第一回

お久しぶりの管理人です。
6月には一度しか更新しなくてすいません(謝罪)
今回から新企画「思い出の唄」を始めます。
記念すべき第一回の唄は・・・・
柴田恭兵さんの「ランニング・ショット」ですっ!!

発売元:フォーライフ
1986年発売 レコード 当時:700円
カップリング:真夜中のステップ
日本テレビ系「あぶない刑事」挿入歌

言わずと知れた柴田恭兵さんの代表曲です。
管理人のipodでは何回再生した事やら・・・・・
ランニング・ショットは他にも数パターン存在しています。
最新作は2005年にリリースされています。

ニコニコで拾った「ランニング・ショット」全パターン収録+おまけ
23分と少し長いけど観る価値はあると思います!!
「イッツ・ショータイム!!」by大下勇次
「寄る歳波には勝てん・・・(疲れ)」by大下勇次


同じくニコニコよりオリジナルのみバージョン



次回は舘ひろしさんの「冷たい太陽」です。
そこでクイズ!!
Q、「冷たい太陽」が使われた作品はどれ?
①西部警察
②あぶない刑事
③パパとムスメの7日間
PR

05.21.00:30

一世風靡セピア 

こんばんわ。
最近、管理人は一世風靡セピアにはまっています。
「前略、道の上より」は携帯の着信音になっているくらいです。

元々は劇男一世風靡の中で「歌やりたいヤツ手挙げろ」と
レコード発売などの活動をしたい者を募ったところ
7人のメンバーが集まった。

右上から横の順に
・小木茂光(リーダー)
・西村香景
・柳葉敏郎
・春海四方
・松村冬風
・哀川翔
他に85年に退団した
・武野功雄
が一世風靡セピアのメンバーだ!!

今でいうところのエグザイルのようなグループである。
セピアがほかのグループと大きく違うところは
・元々は演劇出身者である点
・活動拠点が渋谷NHK前の路上
・常にスーツで歌って踊る。
このスーツ姿が超かっこいい!!
特にジョニーこと柳葉敏郎がかっこいい(管理人的)

数々のヒット曲を出したが、89年に解散した。

管理人の一番好きな「前略、道の上より」のライブ映像です。
めっちゃかっこいいです。エグザイルなんて比でもありません。


夜のヒットスタジオの時のセピアです。(7人時代)
youtubeとニコニコの両バージョンを載せます。
youtube↓


ニコニコの方は画質が悪いですが、コメントがたくさんあるので
観てみるといいです。


コメントの方もよろしくお願いします。

04.10.00:08

ザ・ドリフターズ&ハナ肇とクレージーキャッツ

こんばんは、管理人です。
今日は管理人が好きな芸能人について書きます。
(wikiを基にまとめました)
「ザ・ドリフターズ」(今回はバンドとしてのドリフを書きます。)
・日本のミュージシャン
・一般的には、いかりや長介が正式リーダーになった
1964年のドリフ再結成以降(新生ドリフ)が知られているが、
結成は1957年(1955年または1956年の異説あり)。
結成当初からいかりやがメンバー入りするまでは
音楽バンドとして活動していた。
楽曲主体による音楽ネタなどを得意としており、
テレビや映画出演が多くなるにつれ、コミックソング、コントやギャグが主体となっていった。
・いかりやが正式リーダーに就任した2年後の1966年には
ビートルズ日本公演の前座を務め、僅か40秒の演奏時間ではあったが、
前座用のステージが別に作られていたにもかかわらず、
ドリフターズだけはビートルズと同じステージで演奏した。
ちなみに後にメンバーになる志村けんは観客席で観ていた。

元・新生ドリフメンバー
・いかりや長介(1931年11月1日 - 2004年3月20日)
ドリフの三代目リーダー。
1962年にドリフのメンバーとなり、1964年より正式リーダーとなる。
新生ドリフでは最古参メンバーだった。
ベース担当。

・荒井注(1928年7月30日 - 2000年2月9日)
元・正メンバー。1964年高木と同時にドリフ入り。
ドリフ入りした当初は「リーダーより年上では何かと問題がある」
ということで、加入後しばらくは高木とほぼ同年代(1934年生まれ)と
サバを読んでいた。
なお、当初はドリフのメンバーですら彼の正確な年齢を知らなかった。
レパートリーの少ないキーボード(ピアノ)担当。
いかりやの著書によれば、
いかりやは彼のレパートリーの少ないことを知らないまま
ヘッドハンティングしたことを後悔したという。

・すわしんじ
元付き人・見習い。幻のドリフ第六の男。
ファンの間では「5人のメンバー+荒井+すわ」をドリフメンバーと認識する人が多いが、正式なメンバーではない。

グループ内の音楽では、ドラムを担当することもあった。

現・新生ドリフメンバー
・加藤茶(1943年3月1日 ~)
1962年メンバー入り。1964年のドリフ再結成当初では最年少だった。
いかりや没後、現行ドリフでは最も古いメンバー。ドラム担当。
グループ内ではいかりやとぶつかることもあったが、
メンバーの人間関係の調整役の役割を果たしていた。
加藤はいかりやの弔辞を読んだ。

・高木ブー(1933年3月8日 ~)
1964年荒井と同時にドリフ入り。自称、いかりや没後の四代目リーダー。初期ではリードギター担当。最も印象が薄いが、
「ドリフの中では最も音楽性が高い」とのいかりやの評価もある。

・仲本工事(1941年7月5日 ~)
高木、荒井の次にドリフ入り。
初期のドリフでは、ギターとロック系ボーカル担当。
ビートルズの前座で「ロング・トール・サリー」の
ボーカルを取ったのも彼である。

・志村けん(1950年2月20日 ~)
脱退する荒井の後釜として1973年12月にドリフ見習いとなり、
1974年4月に正式メンバーになる。
映像では荒井の脱退後にキーボードを弾いていたとはいえ
元々コメディアン志望であり、ミュージシャンと呼んで良いかどうかは
疑問が残るが、ソウル・ミュージックに精通している。

シングル・レコード
・ドリフのズンドコ節(1969年11月1日リリース)
原曲は「海軍小唄」。荒井注脱退により差し替えられた、
「志村けんバージョン」もある。
オリコンでは80万枚を超えるセールスを記録し、
ザ・ドリフターズで最大のヒットとなった。

・いい湯だな(ビバノン・ロック)(1968年6月10日リリース)
オリジナルはデューク・エイセスの歌ではあるがドリフターズの方が有名。

・ドリフのほんとにほんとにご苦労さん(1970年4月25日リリース)
原曲は「軍隊小唄」。

ドリフターズで最大のヒット曲「ドリフのズンドコ節」の
貴重な映像を載せます。(荒井注在籍時)
管理人の好きな曲


2001年に紅白歌合戦に出場した時の動画です。


話を変えて、ハナ肇とクレージーキャッツについて書きます。
「ハナ肇とクレージーキャッツ」
・日本のジャズ・バンド
・ドリフターズの先輩(渡辺プロダクション時代)
・クレージーは多数のコミックソングを世に送り出している。
グループ名義の楽曲は、大半は植木の独唱であるが、
サビの部分のみメンバー全員で合唱する場合もある。
デビューシングルの「こりゃシャクだった」にはメンバーによる
寸劇が挿入されている。
「五万節」「ホンダラ行進曲」」「悲しきわがこころ」「新五万節」は
植木を含む全メンバーが1コーラスずつ歌っている。また「実年行進曲」は全員の合唱・谷・ハナ・植木の順で1コーラスを4小節ずつ歌い継ぐ構成になっている。

メンバー
・ハナ肇(1930年2月9日 - 1993年9月10日)
ドラムを担当
音楽への情熱は捨てがたく、
1985年に谷啓や「キューバン・キャッツ」時代のメンバーであった稲垣次郎らなどと「ハナ肇とオーバー・ザ・レインボー」を結成し、
ジャズクラブでの演奏活動も行っていた。
1993年肝臓ガンのため死去。

・植木等(1927年2月25日(実際は1926年12月25日) - 2007年3月27日)
ボーカルとギターを担当
ボーカルとして数々のコミックソングがヒットし、
テレビでも「お呼びでない?」など、後世に残るギャグで爆発的な人気を得る。
1990年には自身のヒット曲メドレー「スーダラ伝説」で人気が再燃し、
23年ぶりに第41回NHK紅白歌合戦にも出場(この年の歌手別最高視聴率を獲得)した。
翌年の1991年には、自身初となる全国ソロコンサートツアーも行っている

・谷啓(1932年2月22日 ~)
トロンボーン担当
トロンボーン奏者としても、「スイングジャーナル」紙の人気投票では、1959年から1965年まで連続してトロンボーン部門のベスト5に入っていたほどの実力者である。

・犬塚弘(1929年3月23日 ~)
ベースを担当

・安田伸(1932年9月19日 - 1996年11月5日)
テナーサックスを担当

・石橋エータロー(1927年9月30日 - 1994年6月22日)
ピアノを担当

・桜井センリ(1930年3月20日(実際は1924年3月20日) ~)
ピアノを担当

ディスコグラフィ
・スーダラ節(1961年8月20日)
(作詞:青島幸男、作曲・編曲:萩原哲晶、歌:植木等)
売り上げ50万枚以上の大ヒット。第4回日本レコード大賞企画賞受賞。

・ドント節(1962年1月20日)
(作詞:青島幸男、作曲・編曲:萩原哲晶、歌:植木等)

・無責任一代男 / ハイそれまでョ(1962年7月20日)
無責任一代男
(作詞:青島幸男、作曲・編曲:萩原哲晶、歌:植木等)
ハイそれまでョ
(作詞:青島幸男、作曲・編曲:萩原哲晶、歌:植木等)

・だまって俺について来い(1964年11月15日)
(作詞:青島幸男、作曲・編曲:萩原哲晶、歌:植木等)
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のテーマソングの基歌

・ゴマスリ行進曲(1965年4月5日)
(作詞:青島幸男、作曲・編曲:萩原哲晶、歌:植木等、ハナ肇とクレイジーキャッツ)

植木等さんが紅白歌合戦に出演されたときの映像です。
歌っている曲は植木さんのメドレー曲の「スーダラ伝説」です。
世界最高の歌唱力の持ち主です。
この人、神です。本物のエンターティナーです。


クレージーキャッツのヒット曲の「スーダラ節」です。
この曲、神曲です。



これこそ貴重映像!!
クレージー・キャッツとドリフターズの共演映像です。


植木さんと加藤さんが共演した時のコントの映像です。


今回は長々と書いてしまいました。
すいません。

02.20.23:24

Memory 青春の光

お久しぶりです。
おととい、アマゾンで頼んだ品物が早めにとどいてテンションが上がっている管理人です。
管理人は、舘ひろし・柴田恭兵・サザンオールスターズ・寺尾聰など
80年代、90年代の男性アーティストの曲しか聞かないのですが、
最近、なぜかモーニング娘を聞いています。
おととい、アマゾンで購入したのはEARLY SINGLE BOX という
初期モーニング娘のシングルboxを買いました。

ちなみに、管理人は現在のモーニング娘を全く知りません。
知っているのは1998年から2000年までの初期モーニング娘だけです。
なぜ、管理人がモーニング娘に興味をもった理由は
12月頃にyoutubeで野猿が『うたばん』に出演している動画を
探していたのですが、youtubeで『うたばん』を検索すると、
大半がモーニング娘でした。
自分は小学校の頃から、『うたばん』のモーニング娘を
観ていて久しぶりに観てけっこうおもしろかったので、
モーニング娘のCDを買おうとしたのですが、
初期のCDがどこにも売っていなくて、ベストアルバムを
買おうとしたのですが、その大半は知らない・興味のない曲ばかり
だったので、買うのをやめました。
そんなことをしていたら、アマゾンでこのboxを発見しました。
このboxはちょうど一番知っている頃の曲が全部あったので、
速効購入しました。
この中で管理人が好きな曲は、Memory 青春の光・真夏の光線・LOVEマシーンです。
2000年以降の曲はろくなものがないので、このあたりまでしか知りませんし興味もありません。
管理人が好きなメンバーは、石黒彩・市井紗耶香・後藤真希です。
最近のメンバーで好きなのは、吉澤ひとみだけです。
それ以外の最近のメンバーは一切知りません。
とゆうわけで、管理人が一番好きな曲のMemory 青春の光のpv
を載せます。

じゃ、そゆことで